糸魚川翡翠(ひすい)

翡翠(ヒスイ)と人との関わりは、縄文時代まで遡ります。
翡翠(ヒスイ)は古来より、不老長寿など、霊力・生命の象徴として珍重されてきました。全国の遺跡から翡翠を加工した宝石(勾玉など)が見つかっていることからも、日本の宝石の原点といわれています。勾玉はそれ自体が魔を退け、さらに幸福をもたらすとして多くの宝石が加工されていますが、その効果が最大とされているのが翡翠を加工したものである、といわれています。
特に、糸魚川地域は、翡翠(ヒスイ)加工において世界最古の歴史を持つとされ、この地域の特殊な技術で磨かれた翡翠の勾玉は不思議な力を持っていると考えられてきました。
『豊穣、生命、再生』をもたらすものと信じられ、また神聖な石であると同時に、「幸運の石」として大切にされてきたのです。
皇室の三種の神器の1つの八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)も、糸魚川産の翡翠製大珠とされています。

 

 

 

 

  麻の魔力については麻の魔力と魅力をご参照ください。

 


糸魚川と翡翠(ヒスイ)

現在、糸魚川市(いといがわし)は、新潟県、日本海に面した市。世界的にも珍しいヒスイの産地です。人類最古のパワーストーン「ヒスイ」の産地であり、いくつかの蔵元が造り出すいろいろな日本酒、またいろいろな泉質の温泉があります。

 

古代からヒスイの産地であった糸魚川も、長い歴史は忘れられ、現代になって再度、発見されました。再発見には千年以上の時の経過があったことになりました。そして、ヒスイ発見の時期は、昭和4年ごろで、学会に発表されたのはなんと昭和14年以降です。

 

この宝石は非常に貴重で、その産地はごく限られています。事実上の主要産地はミャンマーと日本の糸魚川だけだといってもよいでしょう。

 

このヒスイそしてヒスイで創られた勾玉にどのような力があるか今一度再発見する必要があります。

 

糸魚川の小滝川ヒスイ峡のヒスイは、昭和30年ごろに天然記念物に指定され、以後採集を禁じられたので、
今でも河原にひすいの白い大岩を見ることができます。

 

日本の古墳で発見されたヒスイ勾玉が、もともとは中国から渡ってきたという説が、長い間一般的でした。
ヒスイ輝石が糸魚川で発見されたことで、最近では古代からの日本文化であるというヒスイ伝説が今や一般的になってきました。
5000年以上の歴史を持つ日本独自のヒスイ文化なのです。

 

 

糸魚川翡翠(いといがわひすい)は国内随一の翡翠の産地であり、翡翠加工に関しては世界最古の歴史を持ちます。
現在は天然記念物に指定されており、採掘が難しい大変貴重な石となっております。
糸魚川翡翠はミャンマーなど海外産のものと違い、微細な結晶が絡み合っているため非常に壊れにくく堅牢な石で、大変加工がしにくいのが特長です。
天然のものですので、ひとつひとつ表情や風合いが異なり、同じものはふたつとありません。

 

 

 

 

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翡翠(ひすい)にまつわる神話

翡翠は、万葉集でも読まれていました。
『沼名川(ヌナカワ)の底なる玉求めて得し玉かも 拾ひて得し玉かもあたらしき 君が老ゆらく惜しも』
この歌は、日本神話に登場する神様である 沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)のために詠まれた歌です。

 

糸魚川市付近の国に住んでいた姫の、美しさと賢さの評判を聞いた出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)がはるばる姫のもとを訪れ、この歌を詠み求婚したといわれています。その際に姫に翡翠を送ったとされており、神話を裏付けるように、大国主命を奉る出雲大社本殿の裏の真名井遺跡からは、最高品質と思われる翡翠の勾玉が出土し、大社に保管されているのです。

 

 

天然石意味辞典
http://www.ishi-imi.com/2006/07/post_7.html

 

 

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世界から見た翡翠(ヒスイ)

翡翠(ヒスイ)は、古来より世界各地でいろいろな民族から『魔法の石』として崇められ、愛されてきました。
中国では「玉(王の持つべき石)」と呼ばれ、神や皇帝の象徴とされ、また商売のお守りにもされてきました。アメリカ先住民は、この石に彫刻を施し『聖なる護符』とし、さらにスペインでも、中央アメリカ遠征時にこの石を発見して以来、お守りとして大切にされてきたといわれています。
中でも日本は歴史が最も古く、縄文時代から勾玉として使用されてきました。古くから『豊穣、生命、再生』をもたらすものと信じられ、また神聖な石であると同時に、「幸運の石」として大切にされてきたのです。

勾玉(まがたま)その1

勾玉(まがたま)その2